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※順不同・敬称略

一青窈 (歌手)

ちょうど、小林よしのりさんの漫画【台湾論】を読んだばかりだった。

“台湾は国として独立したがってるの?”
“なんでおじいちゃん、おばあちゃんはみんな日本語が上手なの?”
訪台した旅行帰りの友人にそんな質問をされるたび
あいまいな返事しかできなかった。

そういえば父の口から中国語を聞いた記憶がない。
まして、流暢に日本語をベラベラとしゃべる親戚や父の会社の人たちの
その向こう側に潜む歴史や想いにきちんと触れてこなかった。
TAIWANという懐の深さに甘えてここまできてしまった!しまった!
今からでも遅くない。きちんと記録しておこう、と思い執筆を進めていたさなかでした。

「蒋介石の時代が民主主義だなんてへそが茶をわかしますよ」
この映画の主人公が熱く語る。

映画【悲情城市】をもう二度、観返した。
丸山眞男の本とDVDも慌てて買った。
“思想というものは変わる”
そう父の親友が放った言葉がとても重かったことを改めて痛感しました。

生の声は力強い。
マッサージと屋台天国以外に、
なんといっても台湾の魅力は人の懐っこさにあります。
『台湾アイデンティティー』は
その貴方のなんで??にきちんと応えてくれるでしょう。
どんな入り口からでもいい。
もう一歩突っ込んで、台湾のことを知りたい!と思ってくれたならとても嬉しいです。
そのプラットフォームのひとつにこの映画がなる事を願って。

また台湾に行ったときに
話しに涙の花が咲くかもしれない。
笑顔のお酒もススむかもしれない。
そう思ったら早く台湾に帰りたくなった。

中 孝介 (シンガー)

「自分のアイデンティティは何ですか?」と聞いた時に、直ぐには答えられない人たちがいる。
彼らは口々に言う。
「そういう運命だった」と。
言葉では言い表せない、それぞれの生き方に寄り添いたくなりました。

ウェイ・ダーション (『海角七号 君想う、国境の南』『セデック・バレ』監督)

思い通りに生きることが許されなかった時代、日本語世代の老人たちひとりひとりが
家族を守り、懸命に生きてきたことに感動を覚える。
劇映画では伝えられない、名もなき人たちの人生にこそある輝きを見た。

サラーム海上 (よろずエキゾ風物ライター/DJ)

ある人は「運命だった」と涙を流し、ある人は「時代が悪かった」と遠い目をする。
歴史の彼方へと消えゆく20世紀。21世紀に生きる日本人が記憶の片隅にとどめておくべきこと。

暉峻創三 (映画評論家)

歴史教養番組的なものになるのかと予感してたが、そうではなく、
一人ひとりの今現在の人間性のようなものが伝わってくる撮り方がすばらしかった。

春山明哲 (早稲田大学台湾研究所客員上級研究員)

鮮烈な印象を残した『台湾人生』の続編である。
台湾人が人生を語るという手法は同じたが、その舞台は台湾、横浜、ジャカルタに拡がる。そして、彼らの視線は台湾の未来(「アイデンティティー」の別名)を見据えているようである。

平野久美子 (作家)

静謐さをたたえた、尊厳あふれる登場人物たちの表情が印象的だ。
戦争をはさんで、つじつま合わせのしようがないふたつの社会を、連続性と同一性をもって日々を営んできた彼らの、微笑みから透けて見える固い信念。
それこそが、台湾を愛する気持から生まれた”台湾アイデンティティー”であり、私たち日本人が見習うべき民族の矜持である。

ホラン千秋 (女優/キャスター)

彼らのアイデンティティーが揺らぐ原因が日本にあったにも関わらず、
日本への支援を惜しまず続けてくれた台湾の人々。
その寛大さにこそ「台湾人」のアイデンティティーが現れていると思います。

中島京子 (作家/「小さいおうち」)

あの、あたたかく、やさしい島・台湾が、どれだけの辛い歴史を背負ったかを知って胸を衝かれた。
「ほんとうに悔しいことも、ほんとうに楽しいことも経験したから、私の人生は幸せ」と語る喜久子さんの姿が心に残る。

あがた森魚 (ミュージッシャン)

酒井充子さんの「台湾アイデンティティー」には、ある愛おしさがあります。
それは、前作「台湾人生」も含め、この作品に登場する人々の生きる熱情。
日本統治時代を経て、彼等が請けおった愛憎。
それでもなお肯定的に自力で歴史を切り開いてきたその姿。
今21世紀現在にも通じる「カギ」が、たくさん秘められている。
酒井充子監督の愛の眼差しの結晶。

藤原新也 (写真家)

この映画はアジアにおける日本の立ち位置を知る上において貴重な証言となっている。
登場する老人たちは月夜白く咲く、夜来香の花のような優しい香りを漂わせているのだ。
題材は深刻なものでありながら、どこかそこに“癒し”が同居している作品だ。

三木卓 (作家/詩人)

日本人よりもはるかに端正で懐しい日本語を話せる人々が、台湾にいる!
じかにその声音を耳にしてショックだった。
日本は、こういう人々を育ててしまった。
かれらは「春の佐保姫」なんていう歌曲を作って歌っていたのだ!
今残す貴重なフィルムである。

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