コメント


田原総一朗 (ジャーナリスト)

ドキュメンタリーでは描けない菅乃監督の憤りが痛いほど感じ取れる。

宇都宮健児   (弁護士、元日本弁護士連合会会長)

この映画を見て「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」という、ドイツのヴァイツゼッカー大統領の有名な演説を思い出した。
「私たちは、先の戦争や国の原子力政策、福島原発事故で傷つき斃れていった人々のことを心に刻まねばならない。再び過ちを繰り返さないために」このことを改めて強く感じさせてくれた映画である。

福島みずほ  (参議院議員 社会民主党)

戦争中のウラン採掘、原発反対派の気持ち、3.11前と後。福島県の4世代にわたる家族の必死の物語。女たちの逞しさと切なさに感激。お父さんが反原発のために苦労する10代の愛子ちゃんと夏樹陽子さん演じる61歳の愛子さん。いずれも素敵だ。愛と希望の物語。原発と家族を描ききった素晴らしい映画!

蓮池 透  (元東電社員)

作品で描かれる70年には及ばないが私も福島県双葉町で6年間暮らした。
当時は反対運動もなく平穏でのどかな町での平和な家族生活があった。
3.11で状況は一変、その町は廃墟と化した。おそらく住民が戻ることは不可能だろう。
しかし、まるでそんなことはなかったかのように、東電と政府は原発再稼働と海外輸出にまっしぐらだ。
故郷を奪われた人たちの気持ちをみんな忘れてはいないか。
この映画を観て、「あいときぼうのまち」(原子力 未来の明るいエネルギー)が今どうなっているのか考えよう。
タブーに真っ向から挑戦する画期的な作品。必見!

上野千鶴子  (社会学者・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長)

哭いた。「第二の敗戦」を迎えてしまったわたしたちの無念と悲嘆、そしてもってゆきどころのない悔いと怒り。フクシマと共に生きよ、と告げるこの映画に、カタルシスはない。

室井佑月 (作家)

原発問題だけでなく、日本社会にはびこるいじめの構造が浮き彫りになっている衝撃的な作品だ。この国はどうなるのか、この国をどうするのか。とても考えさせられる。

小山内美江子  (脚本家)

すべてを奪い去った海辺で、生き残った者は70年の過去から打ち寄せる潮騒の中に、無念と愛の言葉を聴いた。

荒川強啓  (フリーアナウンサー)

原発は地元に雇用と豊かさを与えて来たと思っていた、3・11前迄は。
事故から3年、町は崩壊し家族はバラバラ。
避難先から戻れる見通しも立っていない。
過疎、限界集落は翻弄される運命にあるのだろうか。
復興、支援、絆…。
言葉だけが虚しく響く。
この映画は、改めて問い掛けてきた。
「お前に何が出来るのか?」と。

小出裕章 (京都大学原子炉実験所助教)

歴史は無数の出来事で彩られる。愚かなこと、辛いこと、個人の力では乗り超えられないこと・・・。でも、全てのことに意味がある。3・11の津波も福島第一原子力発電所の事故も事実として起き、続いている。心に刻み続けたい。

旗野秀人 (映画『阿賀に生きる』製作発起人)

ドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」の佐藤真監督は亡くなる前に「今度は劇映画を撮りたい」と言っていた。ひょっとするとこの映画のことではなかったか。私には水俣病事件史が重なって見えた。

寺脇 研  (映画評論家)

戦争のできる国になろうとしている日本に「あいときぼう」はあるのか?
そして、この映画の中にわれわれは「あいときぼう」を発見できるか?

水野誠一 (一般社団法人Think the Earth 理事長/元 西武百貨店社長)

この映画に幾度となく登場する「原子力 未来の明るいエネルギー」という60年代に東電が募集・採用した標語が実に印象的だ。観る我々に本当に明るい未来だったのかを問いかけてくる。ジグゾーパズルのように次第に繋がっていく三つの時代を生きた四世代それぞれのエピソードから、その一家にどれだけの苦悩や悲しみの連鎖があったのかを浮かび上がらせる手法も見事だ。

樋口健二 (フォト・ジャーナリスト)

ヒューマニティーに富んだ映像表現がこの映画を一層際立てている。四世代、70年に及ぶ一家族の物語であるが原発の本質を鋭く描写する。日本人が忘れてならない現実だけにこの映画の歴史的意義を強く感じる。

米田哲平 (函館港イルミナシオン映画祭実行委員長)

2013年、映画祭の番組決定後、「戦争と一人の女」の監督、井上淳一さんから自分が脚本を担当した映画が上がったので、上映できないかとの打診がありDVDが送られてきた。原発を背後に据えた4代にわたる家族の葛藤に胸が打たれた。すぐに追加で上映を決めた。ワールド・プレミアが決まった瞬間だった。

横路孝弘  (衆議院議員 民主党)

国の意志として遂行される戦争や原発。その時代に生きる者に、“愛”や“希望”や“明るい未来”はどこにあるのだろう。探し求め、もがき苦しむ人々。映画の熱い力が、怒りの愛となり共鳴する。ホルンの音色が胸に沁みる。

寺田典城  (参議院議員)

昨夏、福島第一原発を視察した。途中には耕作できず荒れた農地、人影の消えた街があった。東京に戻れば街は明るく、人々の様子は3.11が無かったかのようだが、福島は終わっていない。一度あった事は二度ある事を忘れてはならない。

相沢一正  (東海村議会議員)

ウラン原鉱採掘現場での旧制中学学徒の勤労動員、そして原爆から原発、「原子力明るい未来のエネルギー」から3.11。戦時下から現代まで4世代にわたる挿話の進行が目まぐるしく転換しつつ現れる。時代を貫いているあるものが浮かび上がってくるという構成だ。3.11を歴史の深みと人の営みのなかから描き上げた、味わい深い映画だ。

吉原 毅  (城南信用金庫理事長)

ウランや原発や地震がばらばらにする前から、家族の心は荒んでいた。傷を舐め合うように愛し、むしろ亀裂は深まる。そのすれ違いをつなぐのも、しかし人である。戦争や原発事故の引き金はすべて人間。だからこそ、人は人にしか救い得ない。どんなに荒廃した闇の中からでも、人は希望という光をめざしてひとつになれる。

天笠啓祐  (ジャーナリスト)

原発は地域や家族を破壊する。言葉で何度言っても言い尽くせないそのことを、この映画が見事に描いた。原発に深部というか、闇というか、本質というか、それをここまで抉り出した作品を見たことがない。

佐藤和良  (いわき市議会議員)

この時代を生きる全ての人にご覧頂きたい鎮魂の一作。あの日、津波にのまれた叔母を原発事故によって失った一人として、身につまされる思いで、この映画をみた。
核爆弾製造という国家の野望と原発という核利用の国策に翻弄され、原発爆発による放射能被害に苦しみ、家族と地域共同体を壊された庶民の悲しみ、そして生と死の間で「あいときぼう」を求めてやまない人間の苦悩、これは、今起きている現実そのものだ。
映画に登場するいわきの見慣れた風景を感じながら、ラストシーンに涙が溢れた。私たちの3.11は今も続いている。国策のゴリ押しに負けてはいられない。

逢坂誠二  (前衆議員議員)

国のための戦争。明るい未来のための原発。それを信じていた。でも戦争も原発も人々からあらゆるものを奪い去ってしまった。生きるために「あいときぼうのまち」を信じたいが…。そんな人々を描く野心作。

阿部知子  (参議院議員)

3.11以降、何度となく訪れた福島、そこで暮す皆さんの故郷福島の歴史、原発誘致がもたらした分断、そして未来迄も奪う過酷な原発事故、四世代の家族の姿に重ねてあますところなく描かれていると思います。そして今なお最も重い現実をかかえた被災者がそこにいるという事実。少女の吹くホルンに希望を感じたいと。

神山安雄  (国学院大学非常勤講師・農業ジャーナリスト)

唯一の被爆国日本は、第五福竜丸の被曝を機にこれを利用し、人々を欺きながら、原子力の「平和利用」に走った。その結末がフクシマだ。人々は、巨大資本とその国家に組込まれながらも、しかしなお吸収しつくされることはない。それゆえ、人は人を愛し、望みを抱き、生きてゆく。フクシマは、そうした人々を破壊した。フクシマを生みだした構造を、私たちは決して許してはならない。

藤田和芳  (株式会社大地を守る会 代表取締役社長)

3.11直後、被災地の人々は悲しみをこらえながら「私たちのことを忘れないでね」と言っていた。しかしいま、日本は何事もなかったかのように3.11以前に戻り、原発は再稼働されようとしている。この映画は、「忘れること」を告発している。

小澤祥司  (環境ジャーナリスト)

戦争と原発に翻弄された4世代の青春が、時空を超えてシンクロナイズする。これは僕が描きたかった物語だ。

大谷昭宏   (ジャーナリスト)

1945年終戦、1966年福島原発立地、そして2011年3月11日。その間に私たちは大きな忘れ物をしてきた。いつ、どこに置き忘れたのか。「あい」と「きぼう」をいま、さかのぼって探しにいく。

神田香織   (講談師・NPO法人「ふくしま支援•人と文化ネットワーク」理事長)

この映画には歴史へのまなざしがあり、監督の故郷への愛があふれています。私の出身地いわき市の風景がまた切ないぐらい美しい。3.11後こういう映画を待っていた、そんな気がします。この4家族の物語は語りでは表現しきれない、映画ならではの醍醐味。ぜひご覧ください!

八巻俊憲   (原子力市民委員会アドバイザー・高校教員)

原爆の国産計画はむなしく、原爆が落とされて敗戦となり、それまでの人々の「あいときぼう」は破壊されます。そして次の時代、原発建設によるあらたな「あいときぼう」は、津波の襲来によって破壊されます。押し寄せる津波の白さが、原爆のきのこ雲の白さと重なって、「あいときぼう」の虚しさを強調しているようです。この映画によって、世代を超えた因果の連なりを実感することができれば、新たな「あいときぼう」が見えてくるかも知れません。

勝俣 誠  (明治学院大学国際平和研究所(PRIME)元所長)

あの3.11以降、日本と世界、全てが変わらなければいけなかったのに、何も変わらなかったかのように生きている私たちに、この映画は問いかけます。こんな世界を許していいのかと。

篠原 孝  (衆議院議員)

福島原発の近くの親子4代が戦前のウラン鉱から現代までさらりと描かれている。原発再稼働、原発輸出と性懲りもなく愛と希望を奪う道を突き進む日本に再考の機会を促している。団塊の世代は、同じ世代の健次と愛子に自らを投影せずにはいられないだろう。

細野辰興  (映画監督)

東電福島第一原発問題と玉砕覚悟で真っ正面から対峙した稀有な作品。その中でヒロインを演じる千葉美紅が全力で走り抜けて行く姿が瞼に焼き付いた。近い将来『原発極道』を撮ろうと考えている私には色々な意味で大変、参考になった作品でした。

飯田哲也  (環境エネルギー政策研究所 所長)

福島浜通りでのウラン採掘の秘史から始まるこの映画は、あまりにも有名になった双葉町の標語「原子力 明るい未来のエネルギー」に象徴される、戦前・戦後と上滑りしてきた 日本の近代史の空洞を、そこで翻弄されてきた家族史を通して鮮烈に照射している。戦後も繰り返してしまった「上滑り日本」をフクシマ後にも繰り返さないために、あいもきぼうもない日本にしないために、今度こそ確かな一歩を刻みたい、と思う。

池内 了  (名古屋大学名誉教授)

歴史の語り部のように、何十年も経た過去のバラバラの思念が幾重にも重なり合い求め合う中で、3.11の大震災と原発事故に凝縮され、鎮魂の音となって共鳴していく様が見事に描かれている。

鈴木邦男  (「一水会」最高顧問)

今回の原発だけではない。戦争中もそうだ。国家に騙され、翻弄されてきた。又、その嘘を必死で信じようとしてきた人々。ひたすら耐えしのび、生きてきた人々。あまりにもかわいそうだ。これは単なる原発映画ではない。単なる告発映画ではない。壮大な人間ドラマだ。これこそが歴史だ。現実だ。絶望的な状況の中で、もし愛や希望があるとすれば、それはこの映画だ。又、この映画を見た人々の心の中に生まれる感動だ。それだけが〈未来〉をつくる。

渡邉拓也  (映画監督)

過去には多くの映画人が、時代は変われど本質は変わらぬ社会への怒りを根本に作品を残した。今、この映画『あいときぼうのまち』によって掘り起こされる日本人の感情のゆらぎに、生きた心地を探す人々の言葉の隙間から溢れるメッセージに、強く心を揺さぶられる。失ったものは元には戻らない。起こってしまった事は仕方がない。しかし、「地続き」に生き残った日本人の一人として、忘れずここで学び、この映画に関わった多くの友人知人と共に声を上げたい。

篠原勝之  (ゲージツ家)

刻一刻とタマシイも肉体をも蝕んでいく手に負えない原子力。
取り還せない時間を映像に刻みつけている。

(敬称略・順不同)

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